聖母ジャーナル 第2号(2026年7月)
映画『ALWAYS 三丁目の夕日』にみる「身売り」~平成がつくった昭和の記憶~


『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)は、昭和33年の東京の下町を舞台に、日本中を懐かしさで包んだ国民的映画である。日本アカデミー賞をほぼ総なめにしたこの作品を、私自身、心から好きな一本として、何度も見返してきた。貧しくとも人と人とが身を寄せ合い、他人の子を我が事として案じ、明日を信じて生きる。昭和という時代の良い面を、これほど美しく凝縮した作品は稀だろう。昭和世代が胸に覚える懐かしさは、この完成度あってのものだ。そして何より、損得を超えて人を思うこの温もりは、今の私たちの社会が置き忘れかけている大切なものを、静かに思い出させてくれる。だからこそ本稿では、この愛すべき映画を丁寧に読み直し、そこに登場する一人の女性、居酒屋のおかみ・ヒロミに目を向けたい。

ヒロミは、親の借金のかたとしてストリップダンサーとして働いた過去をもち、物語の中で再びその舞台へ戻っていく女性である。日本には長く、家の困窮が娘の身体を通して清算されてきた歴史があった。1872年の芸娼妓解放令により人身売買は名目上否定されたが、実態は年季奉公が「前借金契約」へと姿を変えて存続し、金を貸し付け、その返済を名目に女性を縛りつける仕組みが続いた。ヒロミが背負う「借金のかた」は、この長い系譜の上にある。しかも映画の舞台である昭和33年は、売春防止法が完全施行され、赤線の灯が消えた、まさにその年であった。

注目したいのは、ヒロミに落ち度など何ひとつないのに、恥を引き受けているのが彼女自身だという点である。夕日町の人々は、彼女をあからさまに蔑んだりはしない。むしろ「気の毒に」「そういうこともある」と、静かに受けとめている。しかし、この優しい受容こそが曲者ではないだろうか。娘が親の借金のために身体を差し出すことを、誰も異常だと言わない。よくある不運として、皆が呑み込んでしまう。共同体が当然のこととして受け入れるとき、仕組みは問われる機会を失い、そのまま続いていく。
想いを寄せてくれた不遇な男性が、ヒロミに一世一代のプロポーズをする。指輪を買う余裕もなく、彼は空の指輪をはめる真似をしてみせる。ヒロミは、ありもしない指輪を「きれい」と見つめる。彼を愛しているのに、「自分のような者がそばにいてはいけない」と身を引いてしまう。それは、誰かに蔑まれたからではない。皆が黙って受け入れている「そういうもの」を、彼女自身がいちばん深く呑み込んでいるからである。
あの場面が美しく、切ないことは疑いない。だが、追いつめた側の構造は誰にも問われず、傷ついた者だけが自ら退いていく。責められるべき側が問われず、傷ついた側が身を引く。この転倒こそ、性を売らされた女性に押される烙印(スティグマ)の、もっとも根深いところである。

ところで、この物語には、もうひとつ重要な前提がある。これは昭和の証言ではなく、平成につくられたフィクションだということだ。原作の漫画は一話完結の小さな人情譚の集まりであり、ヒロミと茶川の連続した物語は、監督・脚本の山崎貴と脚本の古沢良太が映画のために構築したものである。山崎は1964年生まれ、古沢は1973年生まれ。二人とも昭和33年を体験していない。しかも山崎自身、当時の現実の再現よりも、人々の記憶や心の中にあるイメージとしての情景を再生することを重視したと語っている。つまりあの映画は、平成の日本が思い描いた「昭和」なのである。

ここで確認しておきたいのは、メディアと世相との、二つの関係である。メディアには、その時代の様子をありのままに映し出す鏡としての側面がある。同時代に作られた昭和30年代の映画やドラマは、意図せずとも当時の世相の記録となる。だが一方で、メディアには、イメージとしての世相を新たに作り出す側面もある。『ALWAYS』は明らかに後者だ。
体験のない世代の作り手が、記録ではなくイメージとしての「昭和」を組み立てた。その中で身売りは、それ自体として描かれるのではなく、茶川との結婚を阻む障害として、そして二人がそれを乗り越えて結ばれる感動を、より大きく盛り上げるための要素として配置されている。うだつが上がらず、皆に軽んじられている不遇な茶川だからこそ、ヒロミに偏見を抱かず、その優しさに気づき、傷を負った者どうしが寄り添って生きる道を選ぶことができた。その結びつきが胸を打つことは間違いない。だが、まさにそのカタルシスのために、身売りという構造的な暴力は、「乗り越えれば幸せになれる個人的な壁」へと、そっと縮められてもいる。問題は、こうして作られたイメージが、繰り返し見られ、愛されるうちに、「昭和とはこういう時代だった」という私たちの記憶そのものになっていくことである。鏡だと思って見ているものが、実は誰かが描いた物語であるとき、その中で何がどう描かれたかを問うこと。それがメディアを分析するということの意味であろう。

急いで付け加えたいが、これは作品の価値を損なう指摘ではない。むしろ、これほど多くの人に愛される映画だからこそ、その中で何が選ばれ、何が美談に変えられたのかを問う意味がある。美化された記憶は心地よい。だが、作中の夕日町がそうであったように、優しさと受容は、時に問いを眠らせる。痛みを美談に変える記憶は、貧困につけ込み性を売ることへ追いやる搾取(形を変えて今日も残る構造)を、過ぎ去った昔話として見えにくくする。
良い映画を良い映画として愛すればこそ、その夕日が照らしているものが「昭和の街」であると同時に「そう記憶したいと願う私たち自身」でもあることに、目を凝らしていたい。

元井貴子(桜の聖母短期大学 人間学研究所 所長)

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