桜の聖母短大 マルグリット館

歴史を感じる建物が今も利用されています。 マルグリット・ブルージョワ センター マリアンホール ミリアム館 マルグリット・ブールジョワ館

旧ノートルダム修道院 マルグリット・ブールジョワ センター

 

 コングレガシオン・ド・ノートルダム修道院は1935年(昭和10)キリスト教宣教のために、カナダから来日したコングレガシオン・ド・ノートルダム修道会によって建てられました。

 

修道院

 コングレガシオン・ド・ノートルダム修道会の創立者マルグリット・ブールジョワは、フランスのトロワ市に生まれ、1653年カナダに渡り、酷寒と貧困の中で新しい国造りに励んでいた人びとと生活をしながら、子女の教育を通して健全な家庭と社会の育成に力を尽くしました。この志を共にしたいと望む若い女性達の小さい集団は、幾多の困難を経て1676年に教育を通して神と隣人への奉仕を目的とするコングレガシオン・ド・ノートルダム修道会を設立するにいたりました。創立者の帰天後も、同会の教育活動の場は様ざまな試練に強められながら世界各地に広がり続け1932年(昭和7)には、日本の教会の要請に応えて5名のカナダ人修道女がこの国の土を踏みました。
 これが桜の聖母学院の母体であり、そして3世紀を経た現在、彼女の大いなる偉業が認められ1982年ローマカトリック教会により、マルグリット・ブールジョワには聖人の称号が与えられました。

 

聖母マリア

 コングレガシオン・ド・ノートルダム福島修道院の建物の一部に設けられた「雛菊幼稚園」と「霞内医院」は、1941年(昭和16)第二次世界大戦が勃発するや閉鎖され、修道院は政府が強制的に借り上げてイギリス人を主とした敵国の民間人約140人の抑留所とし、修道会の会員達は会津若松市に軟禁されました。
 戦後、会員は返還された修道院に19名の戦災孤児を受け入れて養育し、この子供達への教育が基となって「桜の聖母学院」が誕生しました。念願の教育事業を開始できたとはいえ、この後の道は決して平坦ではなく、ことに開校まもない時期に校舎が二度の火災に見舞われたのは大きな痛手でした。しかし、試練の度毎に神が会員達に思い出させられたのは、かつてカナダ渡航を前にしたマルグリットに、聖母マリアが天から訪れ「お行きなさい。私はあなたを見捨てません」と告げられたその言葉と約束が、マルグリットの娘達の上にいつも生き続けているということでした。

 

 1993年(平成6)同じ福島市にもう一つのCND共同体「野田町修道院」が開設されたのを機に、「福島修道院」は「花園町修道院」と改称することになりました。2000年(平成12)花園町修道院の共同体は、同じ町内に新築した修道院に移転し、これまでの建物は修道院としての65年間の務めに幕を下ろしました。

 

修道院

 この年、2000年は創立者マルグリット・ブールジョワの帰天300周年に当たり、コングレガシオン・ド・ノートルダム修道会日本管区はこれを記念して、この建物に創立者の名を冠し、教育を通して健全な社会を築いて行くというマルグリットの理想の一端を担う「祈りと研修の家」として再出発させることになりました。

この修道院が昭和10年に建てられた頃は、周囲一面が田んぼで、チェコ人のスワガー氏の設計と横浜市の関工務店による洋風の建築はたちまち市内の名所となりました。その美しさと良心的な工事については、今日に至っても建築専門家達の賛嘆の的となっています。

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